ビートについて その2


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ビートについてのおぼえがき,第二弾.
今回は『ビート』と社会活動について.


Beat & Industry

ある創作にとりかかる直前,あるいはその最中に,
頭の中にぼんやりとではあるが,完成像が浮かぶ.
それを目指してスタディあるいは試行錯誤をする.

五感では捉えられないんだけれど,消費者としてのもう一人の自分がいて,
こいつの反応を捉えることが出来れば理想に近づいていくことができます.
ただし,完成品をなんらかの形で社会に出して他人に評価してもらうなら,
創作にかけられる時間が限られるので,どこかで理想を諦める必要がある.
生産者としての自分は大人になってビートを無視する必要があるわけです.

〆切とは,完成品の更新をやめるときのこと

『僕がコントや演劇のために考えていること』 (小林賢太郎, 2014)
語られたこの言葉は,ビートを無視出来るだけの力を秘めていそうです.
そうやって考えないと,社会が生きづらい場所にしか感じられなさそう.

どんな結論も仮説にしかなりえない,と伝えてくださった西出教授は,
ビートに囚われた僕を見抜いて,あの言葉を発したんじゃなかろうか.


この考え方を会話に当てはめれば,どうなるでしょう.
言葉の消費活動と生産活動の繰り返しと考えられます.
会話に慣れていない人は,自分のイメージに合う言葉を探し,
発言する前にじっくり練って,正確な言葉だけで慎重に表す.
当然相手のテンポが早すぎる場合は,疲れてついていけない.

かといって,付け焼き刃で言葉を乱射できるようになっても,
ビートを無視できないうちは,自分の発言に違和感を覚えて,
言葉に言葉を重ねて,とんでもない醜態をさらすことになる.
僕はこのことで,何度も失敗してきました.
相手が言葉を慎重に選んでいる最中なのに,
会話に疲れる辛さを知っているはずなのに,
自分の暴走を止められず相手を傷つけてしまうのです.

アサーションは,ビートとの上手い付き合い方を提示してくれるようです.
閉塞的にも,攻撃的にもならないで,相手の言葉を使いながら話せたらな.
コミュニケーションの手段も場所も,刻一刻と多様化しています.
なぜ自分はそれを選ぶのか,なぜ相手はそこを選んだのか,考えてみる.
スルーしているのにも理由がある.ペースを合わせながら気長にやろう.

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